墓と日本人

 

最近、墓について色々調べる機会があった。

概念としてではない死に関わる墓については、
正直今まで敬遠していたところがあったのだが、
今回調べてみて、「非常に面白い」と思ったのだった。

正確なデータがあるわけではないが、
おそらく日本人は世界で最も墓に金をかけている民族である。

仏教やヒンドゥー教など、輪廻を信じている宗教の国では、
基本的に死体は自然に返される。
そして、その魂は巡りめぐって何かの命に宿る。

キリスト教やイスラム教(※)のように、
死後の世界の存在を考える宗教においては、
肉体を大事にしたり、そうでなかったりする。
これは死後の世界に何が到達するのかという観による。

(※イスラム教で言う「来世」は死後の世界、天国や地獄の世界である)

日本は法事を仏教に預けているが、その考えは土着のものに近い。
儒教的、アニミズム的な感覚を維持しながら、
墓を霊の永遠の棲家と考えている。

そのため、とかく墓に金をかける。
マイホームをしっかり建てたいのと同じく、
長く住むのであれば良いものを建てたいと考えるのだ。

墓には石が使われる。
世界が滅びても、石は滅びないと言われるほど耐久性があるのが石だ。
その石の中でも、最も美しいものを墓石としては利用する。

日本の墓の形式(和墓)は世界でも類を見ないほどオプションが多い。

基本的には墓というものは、
そこに骨が埋まっていることを示す墓石と
納骨スペースがあれば事足りるはずなのだが、
それを飾り立てたり、墓参りに来る者の便宜を考え、
あれこれと細工をしたりする。

そんな和墓の平均価格は、地域によって差異があるが150~200万円ほどらしい。
地価も面積も墓のトレンドも地域によって違いがあるので、
あまり参考にするべきではないが、おおよそこんなものだ。

キリスト教式の墓だと、安ければ50万円かからない場合も多い。
いたってシンプルに、墓石に必要なことを掘り込むプレートがあれば良いからだ。

 

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日本人は対面にこだわる民族だ。
墓の良し悪しまで、自分のことだと思っている。
だから、墓には非常に気を遣う。

そして、墓に刻まれる名前にも気を遣う。
戒名こそがその代表的な風習だ。
戒名は元々、仏教の世界でその生活や働きが認められたことによって与えられるものだ。
大昔なら、寺院などを建立した貴族たちには院号が与えられた。
今ではそこまでの働きをせずとも、戒名料を支払って得ることができる。
価格にして数十万円から百万円程度。
昔の貴族からすると、さぞ無念だろう。

生前は宗教に関心がほとんど見られなかった故人も、
気付けば立派な戒名をもらっていることもある。

また、晩年になって宗教に関心を示し、多くの寄付をする事業家もいる。

以前は人生に足りないものを求めているのだと思っていたが、
死後に自分がどのような形で残るのか、
戒名目当ての部分もあるのかもしれない。

死してなお名を残すのが日本人の美徳なのだろうが、
多くの人に覚えられるためというよりも、
子孫たちに残したいという気持ちが強いのだろう。
立派なご先祖様が見守っているから、恥じない生き方をしなさい。
無言の圧力、無言の支援である。

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日本の墓のあり方は、本来の仏教のあり方からすると、
完全に遠くに行っているのだが、社会的なニーズが先だからである。

江戸時代に檀家制度がてきたことにより、
葬儀に関することは寺院が受け持つことになった。
その風習が今もなお残っている。

そして今も、民営の墓地というのは、
石材店などが企画して、名目上は宗教法人が管理するようになっている。
ここもやはり、社会的なニーズが先で、宗教が後からついてくるのである。

仏教界ではジレンマもあるのだろうが、
社会インフラとしての仏教の役割は大きく、
やめるにやめられない事情もある。

昔ほど檀家が意識されなくなり、墓や葬儀についても自由度が増してきた。
しかし、基本的によほど大きな寺院でなければ赤字は免れない。

国が保護して作ってきた檀家制度は、
きちんとした補償も後ろ立てもないままに崩壊した。

今は、後処理・再構築の時代に入ったと言えるだろう。

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独特の発展を遂げてきた日本の墓であるが、
その背景には宗教と文化の間に徹底的に距離を作ろうとしてきた、
その特異な民族性があることは間違いない。

宗教の教えよりも、既存の文化や社会制度を優先するその姿勢は、
聖徳太子が「和をもって尊しとなす」を
「篤く三宝(仏宝、法宝、僧宝)を敬え」よりも
先に置いているように歴史的に根強いものである。

政教一致は社会に問題を起こすとして敬遠するが、
一方で政教が一致していないことで起こっている問題は目をつぶる。

そういった矛盾が墓にまつわる様々な問題には映って見える。

国が滅びても、墓が日本人の不思議な民族性を後世に残すのではないか。
そういう気すらするのであった。

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