2013年8月13日 高知新聞記事より③ 

戦争起こしていいなんて人間じゃない
民主主義一歩間違うと結局百歩を

戦犯への目線

■原子爆弾で被爆した広島の匿名女性。年齢も伏せられている。
「(被爆直後は)鏡のかけらで、私の顔をのぞいて、本当にもう、これが自分の顔だったかって信じられないくらい。うみや血の塊が乾いて、顔全体が噴火口の塊だっていうくらいだったんですけど」
「母がいわゆる原爆症だと思うんですけど、何か下痢がすごく続いて、血を吐いたり、歯ぐきから(血を)出したり、毛が抜けたりして(少し前)息を引き取ったんです。母の、戦争がなかったらって繰り返し繰り返し言ったその言葉を思うにつけても、私のこの醜い身体と心の痛手を残した戦争を、もう二度と絶対に起こさないでほしい」
「これからまた戦争を起こしてもいいなんて考える人があったならば、この私の顔、体をその人に見せてやりたいと思います。私のこの体を見て、目を見て、そのことが言えるんだったら、そのような人は、人間じゃ絶対にあり得ない」

■有沢広巳氏(本県出身の経済学者。戦前、治安維持法違反で身柄拘束)
「世界情勢に明るい人とか、日本の国のことをよく知っている人々は戦争を起こしたら、大変だということを考えておりましたし、言ったもんですけれども。そういう人々は全部、国の方針に反するアカだ、容共論者だというふうになって、弾圧されていったわけです」
「結局、何かものを言う人は、みな国策に迎合したことしか言わなくなって、あたかもそれが、国民(全体)の声のようになっていった。だんだん民主主義の権利を狭める、言論の自由、思想の自由を狭める。そういう小さな態勢でも、一歩を譲りますと、結局百歩を譲らなければならなくなると思うんで、一歩のうちにですね、この民主主義は守らなければならないと思うんです」

詭弁と欺瞞 被害顧みず
問題の直視、総括なし

小幡尚・高知大准教授(日本近代史)に聞く

A級戦犯4人の発言を聞くと、彼らの中で戦争の被害がなかったことになっている。終戦からインタビューを受けるまでの間に、原爆投下や東京大空襲、各地の空襲など国民が知らなかった被害状況が明るみに出た。東京裁判では、連合国軍の行為が不問にされるなど評価は分かれるが、満州事変が謀略だったことなど旧日本軍による侵略の実相も分かった。4人は、そうした事実をごまかすどころか、あたかもなかったかのように完全に目をそらし、発言していることが印象に残った。
詭弁(きべん)と欺瞞(ぎまん)と言ってもいいと思う。
その欺瞞には、自己欺瞞も含まれる。1945年の日本軍の負け方は、ぎりぎりで負けたという状況ではないことは軍人であれば分かっているはず。「日本は負けていない」というのは単なる言い回しにすぎない。
2011年3月の東京電力第1原発の事故後、政府も東電も「健康に直ちに影響はない」など他人も自分も欺く話法を使ってきた。そうして危機から目をそらし、さらに危機を増幅させてきた。
東京大学東洋文化研究所の安富歩教授は「東大話法」という表現を用いて、この点を突いている。A級戦犯4人の発言は、「東大話法」にそのまま当てはまると感じた。
番組が放送された1956年の流行語の一つは、政府の経済白書に記載された「もはや戦後ではない」という言葉だった。A級戦犯だけでなく、政府も戦争の総括をしていないことが分かる。
昭和の時代に入ると、陸軍の中で明らかな作戦ミスをした人がその後、出世するということが起き始める。戦前からの軍のそういう無責任な体制が、戦後も続いているのではないか。問題を直視しないのはエリートの特徴と言いたいところだが、原発事故後の社会を見る限り、残念ながら、今の日本全体に広がってしまっている。
私自身は、4人の発言から直接には「右傾化」の危機はそこまで感じなかった。日本社会の中にある、問題を直視しないという伏流が強くなったときに、世の中が右傾化したように見えるのではないかと読み取れた。問題を直視しないという伏流は、戦時中からずっとあり、原発事故の危機で流れが大きくなったのではないか。
戦争を総括してこなかったA級戦犯。原発事故を直視していない政府。両者には共通項がある。問題をどう総括し、どう出発していくか。日本は今、そこが問われている。

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