仕事は人を幸せにするか考えてみた

先日、プランターで植えていたトマトを収穫した。

大きくはないけど、赤く実った実を見て、何ともいえない充実感。ちょっと市販のものと比べるとすっぱいのだけど、それでも何だか美味しい。というか嬉しい。きっとこれがお金を出して買ったものなら、「酸味が強いねー」と不満を口にしたかもしれない。

ふと思ったのだが、何か仕事をしたときに、こういう嬉しい心がわく。しかし、今、仕事をしながらそういう嬉しい心がわく人というのはどれだけいるのだろうか。仕事をしながら甲斐が無いと思い、心身の調子を崩し、離れる人がどうして多いのだろうか。どうして仕事に対して希望がないのだろうか。

考えた結果、ひとつの答えを見つけたような気がした。

そこに、「幸せになった姿」がないからだ。

仕事のための仕事が、今は増えてしまった。

きっと、昔は仕事をするほど幸せになったのだ。たとえば、テレビが生産され、家庭に入ったら、家庭の中に娯楽と情報が入るようになった。家庭の中に集まる場がはっきりとできた。それが家族だんらんをする吸引力にもなっていた。

しかし、今は仕事をした結果、幸せが離れていく。テレビはあるのが当たり前で、それが個人の部屋にも与えられるようになる。家庭の中で集まらなくなる。対話が減る。子供は子供の世界に、大人は大人の世界に入り、隔離が広がっていく。コンビニ文化が発展し、中食も拡大し、便利にもなったが、ひとりで取る食事が家庭の中で増えた。仕事をしたことによって、これは幸せになったのだろうか。

便利にはなるけど、幸せにはならない。そういう仕事が増えたのだと思う。

たとえば広告業は、広告が仕事である。良いものを広めるのが甲斐なのだろうが、良いものも悪いものも、とりあえず広げることが仕事になった。他の産業も、売ることが大命題となり、そのために便利さ、メリットを押し出す。すでに満ち足りた私たちの国の中では、ニッチを探すしかなく、より個別の楽しみ、便利さを追求することで人間の孤立が深まっていく。そして、趣味の合う人たちどうしがSNSなどを通してクラスタを形成し、一層自分の世界にはまっていく。これは幸せといえるのだろうか。

本当に仕事に甲斐を感じられるように、幸せを感じられるような仕事を探さなければならない。安くていいものを作るというのは、必要条件だが十分条件ではない。

子供たちの感覚はとても正しいと思う。

株式会社キッズスターの調査によると、子供(2~7歳)のなりたい職業ランキングの上位は以下のようだったそうだ。

<男子>

  • 1位:警察官
  • 2位:バス・電車の運転手
  • 3位:サッカー選手

<女子>

  • 1位:ケーキ屋さん
  • 2位:アイドル
  • 3位:お花屋さん

幼い子供は自分に幸せをもたらしてくれるものに価値を置いていると思う。男子の傾向は「カッコイイ」である。女子の傾向は「カワイイ」である。

どういうときに幸せになるのか、もっと考えてもっと幸せになるように努力しなければならない。お金があるから幸せになるのではない。お金も必要条件だが十分条件ではない。そして、幸せを作る仕事を探さなければならない。

そう考えると、ちゃんとした食べ物を作るという仕事は尊い。

だから、自分で作った、化学肥料を使ってない、小さなすっぱいトマトが本当に嬉しかったのかもしれない。息子は食べてくれなかったけど、幸せな仕事を父は確かにしたのだ。息子が大好きなキャラメルコーンより、もっと幸せで尊い仕事(趣味)をしたのだよ。

 

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