生徒会ってそういうものだったのか!という話

ライトノベル設定資料 生徒会のしくみ
ライトノベル作法研究所
秀和システム
売り上げランキング: 180,396

街頭で赤い羽根共同募金をみかけて、そういえば昔、学校の生徒会がこういうこと率先してやってたなあと思った。昔は、そういうものだと思っていた。

しかし、今になって考えてみると、そもそも生徒会とは何なのか。ボランティア活動がしたければ、ボランティアをしたらいい。募金の呼びかけはよいことだと思うが、学校のための活動ではない。

生徒会が気になり、Wikipedia他、あれこれと調べてみて、驚いた。

非常に複雑な組織であった。

少なくとも、理念も組織も、私が見たり経験したものとは明らかに異なっていた。私が考えていた生徒会は生徒会の執行部であり、生徒会そのものではなかった。

生徒会というのは下手なNPO団体よりも圧倒的に複雑な組織と規定を保有していて、また成立の経緯や歴史の深いものなのであった。

Wikipediaが非常に詳しいので参考にされたし。

もともとは、生徒会(小学校では児童会)や高等教育機関における学生自治会というのは、戦後の民主化の中での施策のひとつとして行われたらしい。確かに、学校教育の段階から国に絶対忠誠を誓うように教育されていたのだから、自分たちで考え自分たちの意見を主張していくという民主主義を注入するには教育機関から、というのは(今考えるなら)当然である。

しかし、それが主義主張によっては学外のことや政治に対して影響力を持とうとし出した時期があった。いわゆる大学における学生運動である。これらが鎮圧された後、政治的無関心なども相まって学生自治や生徒会活動は学内の特に課外活動に関することがメインとなった。本来の目的から離れ、大きくスケールダウンしていくのである。

そして学内のことであるため、学校側との協働なしには成り立たないのであるが、次第に生徒会活動は学校側と学生側の仲介役となっていく。しかしながら、多くの場合、学校側は生徒会活動にある程度の関心を寄せているのに対し、学生は関心が無いことが多い。よって、次第に生徒会は学校側に接近するようになり、学生からは「生徒会は学校の犬」と呼ばれるようになっていくのである。このあたりの表現に関しては資料に基づくものというよりは私のフィーリングであることを断っておく。

そして近年、学歴が重視されるようになってくると生徒会活動が従来と異なった形で脚光を浴びるようになり、内申書を有利に作成するための不純な動機による生徒会への参加が増える。これは「学校の犬」状況を加速させるようになり、生徒会活動は次第に形を変えていく。学生にとってよい環境づくりを学生たちが模索し、訴え、形にしていくという本来の目的は失われ、「学生の活動による学校のアピール」が活動の主軸になっていく。

もちろん、部活動などの活動場所や部費の調整、委員会組織の運営など行うべき業務は他にもあるが、多くの場合は教職員による介入と指導に従う形で進行するため生徒会が運営するという形態をとっているが実質は教職員が行っているのと変わりない場合が多い。生徒会の設置に向けられた、民主主義の理念とはなんだったのか。

民主主義という時、リンカーンの有名なゲティスバーグ演説をはずせない。

government of the people, by the people, for the people

この一節は非常に有名であり、日本の民主主義や憲法の中にもその思想を残している。学生自治風に言うのであれば、「学生の学生による学生のための学生自治」が生徒会や自治会の根底に求められるところだが、実際の現場は「学生(と学校)の学生(と学校)による学生(と学校)にのための自治」になっているように感じる。相互依存しながら甘い汁を吸い合おうとしている構図が見える。まるで国会の与野党のようである。

この生徒会という組織をわかって運営し、目的を達成することができるのであれば、その学生たちは化け物である。そういえば西尾維新の「めだかボックス」では主人公が生徒会長であったが、同時に才色兼備でいつでも財閥の総裁につくことができる存在でもあった。そのくらいでなければ現実でも生徒会長は完全には務まらない。

よくよく考えてみよう。どんな優秀な人がトップになったとしても、任期1年という短い期間の中で、数百人~千人ほどの人間を統率し、様々な内外の利害関係を調整して民主的に組織の環境改善を図ることは簡単ではない。しかもそれを年端もいかない学生がすることには無理があると言わざるをえない。

生徒会が設置されたころは、そこまで学生も多くなかったのかもしれない。また、集まる学生も意識も高かったのかもしれない。まるで年金制度のように、今では一部への負担が高まり、当初の理念は放棄され、ただ組織や体制を維持することが目的となってしまっている。

若者たちの現実感が乏しいのは、こういう形骸化したものにずっと触れて育ってきているからなのかもしれない。生徒会が本来の目的通りに機能するなら、若い人たちがもっとリアルに現実を生きられるのかもしれない。

ああ、超人「黒神めだか」が今のご時勢には必要なようだ。

まったくめだかボックスを宣伝する気はなかったのだが、書いてたらそういう結論に至ってしまった。やれやれ。

めだかボックス 全22巻完結セット (ジャンプコミックス)
暁月 あきら
集英社
売り上げランキング: 16,258

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です