安保法制と日本のアイデンティティ

安保法制が衆議院で可決される前後、ものすごい数の反対活動がこの国で起こった。

おとなしいことで有名な日本人の国民性からすると、これは異常な事態と言ってもいい。内閣の支持率は急落するし、反対活動は今も広がり続けている。

連日、ニュースや新聞ではその是非についての議論がなされ、どちらの側に属する者もそれなりの情報をもって応戦している。

今の状況は日本という国のアイデンティティを侵しかねない状況だ。日本という国は、戦後に日本国憲法という憲法によって作られた。そのことについては誰も疑いようがないし、その憲法を不自由はあるけど、悪いと思っている人はほとんどいない。

その日本国憲法の大きな柱は、「国民主権」「基本的人権の尊重」「平和主義」だ。これを学校教育でも教えてきているし、国民たちはその恩恵を受けながら暮らし、戦後に目覚しい発達を遂げて世界有数の先進国となった。

しかし、今の状況は、その三つが揺らいでいる。

国民主権は、国民の意思よりも決定権を持った内閣、与党によって蹂躙されている。もちろん代議制である以上、国民の意思で選ばれた議員たちによって国会が構成されているわけだが、国会議員に対する国民からのリコール請求は法律上は現在不可能である。だから、選挙に勝てばある程度のやりたい放題が可能である。

基本的人権の尊重とは、平等権、自由権、社会権、請求権、参政権の五つから大きくは構成されていて、差別されず、自由に、人として最低限の生活を営む権利があり、これらを妨げられるなら訴える権利があり、そして政治に参加する権利があるということである。しかし、権利はあるけど威力には差があるのが実情だ。差別はないけどイジメはあるし、自由はあるけど法でない縛りは強く、最低限の生活を営む権利は財政上の理由により縮小してきている。請求の声の多くは届かず、参政権はあるけど参政意欲と能力は日々奪われている。

平和主義は国民の願いとは裏腹に外交上の理由で脅かされた。

戦後70年。そういう日本のアイデンティティが壊れようとしている。

安保法制について、産経新聞にQ&Aが載った。

Q 安保関連法案が成立すれば何が変わるのか
A 柱になるのは集団的自衛権の行使を限定容認した点だ。密接な関係にある国が攻撃されれば、政府は「存立危機事態」に当たるかどうかを判断する。日本の存立や国民の権利が危うくなるケースのことで、これに該当すれば自衛隊は他国軍と一緒に戦うことができる。

Q なぜ政府は集団的自衛権を行使できるようにするのか
A 在日米軍は日本を守るために活動するが、米軍が攻撃されても自衛隊は一緒に戦うことができなかった。そんな事態が実際に起きれば日米同盟は立ちゆかなくなる恐れがある。集団的自衛権を行使すべきだという議論は昔からあった。

Q 安倍晋三首相が望むから安保法制を整備するのか
A 安倍首相は安保法制に熱心だ。とはいえ、自民党内には集団的自衛権の行使を主張する人が多い。民主党政権の野田佳彦元首相も行使容認が持論だった。

Q 昔から議論があったのに、なぜ今なのか
A 日本の安全保障環境が大きく変わったからだ。北朝鮮が核・弾道ミサイル開発を行い、中国は経済成長に伴う軍拡を続けている。しかも中国は領土拡張を狙う野心を隠していない。米国はアジア太平洋地域を重視する政策を進めているが国防費を削減しており、日本の役割を拡大して一緒に東アジアの平和を築こうと呼びかけてきた。

Q 日本は米国の言いなりになっているのか
A そうではない。日本は相応の責任を負うので、米国もアジア太平洋地域の平和に責任を持ち続けてほしいということだ。だからこそ、自衛隊と米軍がどのように協力するかを定める「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)も4月27日に改定した。

Q 存立危機事態でなければ米軍を守れないのか
A 存立危機事態のような有事でなくても、警戒監視活動や自衛隊と共同演習中の米軍が攻撃を受ければ防護できる。ただ、自衛隊の武器使用は控えめにしなければいけない。

Q 「控えめ」とは
A たとえばピストルを持っている武装集団にミサイルを撃ち込むことはできない。ピストルにはピストルで対応する。また相手が逃げたら追いかけてやっつけることはできない。

Q 自衛隊は地球のどこでも活動できるのか
A 確かに集団的自衛権の行使には地理的制約がない。ただ、外国が攻撃されても、日本の存立が危うくなるようなケースでなければ日本は集団的自衛権を行使できない。そんな事態が頻繁に起こることは考えられない。

Q 自衛隊は「地球の裏側」に行けるということか
A これまでも自衛隊は「地球の裏側」で活動できた。日本から遠く離れたアフリカの南スーダンやカリブ海の島国のハイチでも国連平和維持活動(PKO)に参加している。

Q それでも今までの自衛隊は一人の戦死者も出さなかった
A 新しい安保法制でも海外に派遣される自衛官の安全確保のための仕組みはある。ただ、これまでの自衛隊は危険な任務を避けてきた。イラクで人道復興支援活動を行った際はオーストラリア軍などに警護を頼んだ。国際平和のために派遣されているのに、危険な任務はやらないのであれば諸外国からは責任ある態度とはみなされない。PKO協力法を改正して治安維持任務も行えるようにする。

Q PKOでも集団的自衛権を行使するのか
A しない。PKOやPKOに似た人道復興支援活動では武力行使を行わない。だから活動地域で停戦合意がなくなれば自衛隊は撤退する。海外で誘拐された日本人を救出する際も、その国の政府が責任をもって自衛隊受け入れを認めない限り、自衛隊は救出作戦を行えない。反政府勢力に出くわして戦闘に巻き込まれることを避けるためだ。

Q 外国軍への後方支援を行うときも集団的自衛権は行使できないのか
A 日本や国際社会の平和を守るために戦っている外国軍を後方支援する場合、近くで戦闘行為が始まれば自衛隊は撤退する。

Q ピンチになった仲間を見捨てるのか
A 憲法9条があるので、そうならざるを得ない。ただ、仮に外国軍への攻撃が存立危機事態に当たれば自衛隊はそのまま後方支援を続けられる。

戦闘行為をしたくない人にとっては、基準がわからず曖昧である。戦闘行為をしても構わないと考える人には十分な内容である。ある種、文才すら感じる。

日本の安全保障上の環境は大きく変わっている。国防の問題は確かに存在する。そのことについて否定することはできない。

しかし、平和主義というのは哲学だ。思想だ。だから、その思想で解決策を模索しなければならない。戦争放棄や戦力不保持、交戦権の否認などを、ただの手段にしてはいけない。その思想で外交し、その思想で各国に理解を求め、その思想で国を作らなければならない。状況が悪くなったら思想を捨てるなんていうのはもっての他だ。それは、アイデンティティの喪失を意味する。

日本という国家が無くなることが核心的な問題ではない。今の日本という国を作ってきた精神が無くなることが問題だ。精神があればやり直すことはできる。しかし、この精神が失われたら、世界に誇れる「今の」日本の姿は取り戻せないだろう。

今の日本において、かつての大日本帝国の在り方を誇りに思う人がどれほど多いのか。他国を植民地にし、差別し踏みつけ、世界的な軍事強国として対外的に強い立場を持っていた、そのことに誇りを持てる人がどれだけいるのだろうか。歴史の亡霊につかまれた感覚を捨てて、今を肯定して生きるべきだ。

安保法制は日本のアイデンティティを再び考えさせる機会となった。これを正常に乗り越えることができれば、日本は精神が生き返り、経済的にも文化的にも、輝きをきっと取り戻すことができるだろう。私はそう信じている。

 

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