交わらないコンテキスト

安保法案のことで大きく揺れている今年の夏だが、どうもいつもコンテキストが合わないので対話が成立していないように感じる。

政府vs学生デモ

政府としてはなぜ安保法案を作ったか。国防を廻る環境に配慮してである。さらに言えば、この国防には外交上の立場の保持という面が言外に含まれていて、いわゆるアメリカと仲良くしようということである。

それに対して学生たちの言い分はというと、安保法制反対、戦争反対、徴兵反対である。そして、安保法案を推進する政府は憲法違反であるという。

多数派の力を用いて説明不足を自認しながらも法案を推進する政府も稚拙だと感じるが、それに対して代案も出さずにただ反対をする野党のような学生たちもまた稚拙である。これについては政府の方がまだ憲法に対して国民に対して説明や代案を提供しようとする向きがあるので、政府の方が大人であるといわざるを得ない。

異なるコンテキストの上で議論するべきではなく、お互いの文脈に即して議論をしなければ、到底その内容に影響を与えることはできない。影響を与えられるのは感情に対してのみである。つまり残るのはストレスである。そんな攻撃で退陣に追い込まれたら国の指導者だろうが何だろうが哀れでしかない。

政府vs沖縄県

政府の主張は「辺野古しかない」であり、これは上記の通りの外交と国防問題を考えた上での結論だという。

沖縄の主張は「基地を撤去してほしい」の一点につきる。普天間基地の移設ではなく撤廃。これは、もう少し感情的な部分まで深堀りすると「基地負担の不公平」に対する怒りである。戦後70年間、日本のどこよりも多く、長く、土地を米軍基地に占有されてきたし、それは本土復帰後も変わることは無かった。沖縄としては「他の地域にも相応の基地負担を、可能なら現行の基地の削減」を願っている。沖縄では防衛力を皆無にしろという主張をしている人はほとんどおらず、公平な分配と、戦力自体の縮小を願っているのである。

どこかで感情的な意見が取り上げられすぎて、沖縄は基地や軍事に関する全てが反対だという印象を持たれているが、冷静に聞き分けると違うのである。

沖縄県は国防上の必要戦力や、地域の経済情勢などを専門家の意見をもとに再計算し情報を公開することで政府に嘆願しているが、政府側は県外移設や規模縮小に関する交渉を国内外に対してそれほど行っていない。ひたすら国防上の必要性を訴えるのみである。だから、話が合わず、相互の悪感情だけが大きくなっている。

交わらないコンテキスト

こういう交わらないコンテキストが悪感情を呼び、そして社会問題を大きくしてしまっている。基本的な対話の技術だと思うのだが、政治的な弁論術ばかりが先行してしまってあるべき為政者と民衆との関係が崩れてしまっている。互いに交渉ではなく、対話をしなければならないはずだが、交渉のために互いのコンテキストを無視して自説を主張するようになってしまっている。

聖書には「内部で分かれ争う者は立ち行かない」と書かれているが、これが続けばまさにこの国が崩壊してしまうのではないか、そういう危機感がある。既に国外は有事のムードができ始めていて、韓国と北朝鮮の緊張状態、核保有国である中国の経済失速、ロシアの孤立化、いろんな情勢は日本に不利に働くしかない。

何かひとつ大きなスイッチが入ったときに、日本は今の日本でいられるのか。内輪で争っている場合ではなく、心をそろえていかねばならない時期だ。

遅くはないから、真摯な対話を日本のすべての人々に求めたい。

まずは私も身近な人の話をきちんと聞いて対話してみよう。

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