夫婦別姓で人権を主張するという自慰行為

夫婦別姓についての裁判結果が話題になったが、はっきり言ってどうでも良かった。

これをもって人権問題を騒ぎ立てるのは、正直言って左翼だ右翼だ言って騒いでいる人々と本質的には何も変わらず、ただ自分の気に入らないことを人権という正義感パッケージングで隠して騒いでいるだけである。

こうした姓を別にしている国に韓国があるが、韓国の場合においてはそれに意味があった。というのは、今はどうかわからないが、昔は同姓どうしは結婚できなかったのである。韓国人の多くはキムさんかパクさんかチェさんチョンさんなのだが、まだまだ地域交流が盛んでない時期には、同じ姓は親戚である可能性が非常に高く、親等が近い婚姻は奇形児や流産のリスクを増やしてしまうので、同姓とは結婚しないし、どの血族かを表す記号として姓は機能していた。

日本においては、夫婦が同姓でしかも男性側の姓を名乗るようになっているのは大陸から来た考えをそのまま踏襲しているからで、そもそも一般人には姓すら長いこと無かったのだ。その時代の姓の機能を考えずして、姓を男女差別やアイデンティティの喪失と安易に結び付けることがあまりにも浅い議論であると感じる。

乱暴な言い方をすると、現代の日本においては夫婦が同姓でなければならない絶対的な理由も別姓でなければならない絶対的な理由も存在しない。慣習・システムとして存在しているものは、時代に合わなければ変えるべきだが、特に不都合が無ければ変える必要もない。

他に変えるべきことや議論をすべきことがあるのに、この問題を議論してどうするのかと感じるのである。

これは男性が睡眠時間の短さやありもしない武勇伝を誇ってオスらしさをアピールしたり、女が嫌だ嫌だといいながら自分の生理に伴う症状のひどさを主張しながら自分が女であることを強く意識するような、いわゆる自慰行為である。

そんなことで人権をうんぬんするより、もっと争うべきテーマがあるだろう。

姓を変えたがゆえに誰かに不当に踏みにじられるようなことが横行しているならともかく、ただ不公平だという意識だけで、お菓子がひとつ少なかった子供のように騒ぎ立てる精神性があまりにも幼稚過ぎる。議論をするならもっと論点を明確にすべきだ。

今回の裁判の結果を時代遅れとか何とか言っている先進気取りの論客たちは、社会に与えるインパクトや必要性についてどれだけ考えているのかと不思議でならない。

そもそも男女平等の問題は結婚時の同姓・別姓に関して起こっているわけでは決してないのだ。

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2件のコメント

  1. 離婚で姓を変えると、それほど親しくない人にまで離婚したと周知させることになったり、逆に既婚者であると知られてなかった場合には「結婚したの?おめでとう」と言われるそうで、それを非常に苦痛に感じる女性も多いそうです。
    人権を大上段に振りかざしたリクツで夫婦別姓を主張されると自分も反感を感じますし、感覚的には同性のままでいいやんと思いますが、けれども具体的にそのような人が多数存在し、彼女たちが苦しむ方がいいのかどうかと考えるなら安易に「どうでもいい」と切って捨てるのもためらわれます。
    失礼ながらいつもの日下さんらしからぬ、結論ありきで情報収集をおろそかにして書かれた文章ではないかとお見受けしました。

    1. コメントありがとうございます。私も不十分な理解で書いた部分があるかもしれませんので、その点につきましては陳謝いたします。

      その上でこの後を続けますが、おっしゃられていることは理解できますが、こうした例の「多い」には統計的な根拠が乏しく、それが実際どの程度のものか測りかねるため、あまり判断の根拠にはおかないようにしております。

      結婚・離婚の勘繰りというのは、本人の自意識過剰に帰する問題であると私は思っており、配慮無く刺激する周囲の人格の問題だと思います。それを社会システム上の問題と結びつけるのは違うと思います。ある程度の年代に行けば、配慮のない人が周囲にいれば「まだ結婚してないの?」というプレッシャーをかけられることもまたあるため、同姓になろうが別姓になろうが問題は変わらないと思います。

      個人や周囲の人の人格に問題の根拠があるのであれば、こうした議論は「どうでもよい」ものであり、それよりも自分に自信を持ったり他者へ配慮をするといった、基本的な礼儀が問題ではないでしょうか。

      私の個人的な考えをここで言うならば、「ルールが悪い」と言う場合、「そのルール上ではうまくできない」ということとは別問題です。これは、子供が「面白くない」というのと同じで、自分のオモチャや環境で遊ぶ力が育っておらず、周囲も何も教えないために、隣の芝生が青く見えたりするのと同じだと考えます。日本人の長所はルールが決まればその中で最適化して楽しむことだと思うのですが、変なイノベーション意識がそうした最適化を妨げているように思えます。

      長々失礼しました。

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